山梨県笛吹市議会議員 志村直毅 Weblog

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PROFILE

農業
1969年11月3日生(48歳)
笛吹市議会議員

・教育厚生常任委員会
・議会広報編集委員会

(詳しくはこちらから)

  志村なおきは、
  日本税制改革協議会(JTR)の
  納税者保護宣誓書に署名
  しています。
  
  JTR・日本税制改革協議会



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修了式

 写真は、卒業式・学位授与式のひとコマです。
 修了する院生で記念撮影。野村先生も入って撮っていたら、院の授与式の開始時刻になってしまい、「授与取り消します。罰金は1分1万円から」と研究科長の温かいお言葉。(^_^;)
 
 終わってみればあっという間の2年間でした。(まだおまけがありますが…)
 記念になったのは一生に一度しかないと思いますが「総代」なるものを経験させていただいたこと。壇上での写真は、斜め前からが教授席から、横顔で学長の読み上げを拝聴しているのが職員の方からいただき、授与されてつい「ありがとうございます」の「あ」の口になっているのと会場全景が山梨学院ニュースファイルから、引用させていただきました。最後の写真は、今村研究科長、日高先生、ゼミの上野くんと4人のショットです。
 
 本当にどうもありがとうございました。
 

大学院修了式01

大学院修了式02

大学院修了式03

大学院修了式04
大学院修了式05

大学院修了式06
 

(長いので、ここから先はお時間のある方のみどうぞ。(^_^;))
 
 今日は、笛吹市が男女共同参画都市宣言を行い、記念式典がありました。
 
残念ながら、昨日の準備は卒業式、今日の式典は地元地区の総会とそれぞれ重なり、参加が叶いませんでした。
 でも、石和町時代から足掛け20年、笛吹市として、男女共同参画推進条例と計画を制定・策定し、そして宣言都市となったことは感慨深いものがあります。
 笛吹市になってからは主体的に関わることはほとんどなくなり裏方か役に立たない幽霊部員のような状態でしたが、石和町時代の計画や条例案が礎となって、より広く大勢の方々が関わって、積み重ねによって今日の式典を迎えることができたこと。種を蒔けば、大切なことはきっと誰かがそうした思いや志を引き継いで大きな果実を育ててくださるのだということ。そんな小さな喜びを感じています。
 

 3月は、いろいろと終わったり始まったりですね…。
 

 ここからは、今村先生にお送りした院生会の会誌「ハムラビ」の臨時特別号に寄稿した拙文を載せて、区切りの日の思い出にしておきます。

 
◆今村都南雄先生の退職に寄せて

 
 1945年、終戦を迎え山梨を代表する俳人の飯田蛇笏は、次のような句を詠んだ。
 
 終戦の 夜のあけしらむ 天の川
 
 蛇笏と飯田龍太に師事した福田甲子雄は、蛇笏の300句を選出した福田編著『飯田蛇笏』(1996年・蝸牛俳句文庫)の最後にこの句を紹介している注。
 わたしは2013年4月から本大学院に入学し、日高昭夫先生のゼミに所属して自治体行政について研究する機会を得た。日高先生からは「修士論文は2〜3年で何とかすべし」「社会科学研究科長である今村都南雄先生の講義は受講しておくべし」というご指導をいただいた。そこで、今村先生の最終年度となる2014年度に、行政学特殊講義を履修することにした。講義が始まり、先生はご自身のことを「仏の今村です」と仰っていたが、受講するまでは戦々恐々であった。しかも、論文を仕上げなければならない2年次であり、覚悟を決めて臨まねばと兜の緒を締めた。はたして「ほっとけ」の今村先生は、穏やかで温かく講義を進めてくださった。余談ながら、はるかに緒を締める必要に迫られたのは、丸山正次先生の政治学特殊講義だった。
 
 振り返ってみれば、院生として力不足なために今村先生には幾度となく嘆息をご提供してしまったかもしれない。だが、先生の姿勢からはユーモアとレジリエンスを大いに学ぶことができた。先生が退職されるこの春に、わたしも何とか論文をまとめ修了にこぎつけられたことは喜びに堪えない。これも講義にやつれた状態で出席していたわたし(と余裕の某U氏)に、先生が笑顔でプレッシャーを掛け続けてくださったからに他ならない。
 
 今村先生は、人間が言葉によって生き「はじめに言葉ありき」であると著書『行政学の基礎理論』の冒頭で書かれていたとおり、言葉の重要性を説かれた。その思いはわたしも少年期からずっと持ってきたので強く共感した。また、著書『官庁セクショナリズム』で先生は、官僚機構の割拠性や病理を浮き彫りにし、行政組織を「討議デモクラシー」を用いて発展的に捉えて活かしていくという視座をわたしたちに与えてくださった。行政は、俳句のように、理解し解釈する者によって振り幅が大きい、というようなことは許容されてこなかったであろう。しかし、人々が多様なライフスタイルを求めていくように、行政も変容を迫られ、公共性や公共サービスの概念も担い手も多様化してきている。残念ながら「議会」が最も変化に対応できていない部門といえる。改めて肝に銘じたい。
 
 今村先生が話す言葉の基底には、平和への確たる思いが込められていたと勝手に解釈している。冒頭に蛇笏の句を引いたのもそれゆえである。蛇笏がどんな思いで詠んだのかは知る由もないが、一時でも今村先生にご教授いただけたことは幸甚の至りであった。


注)桑原武夫の「第二藝術―現代俳句について」(1947年『現代日本文化の反省』白日書院(初出『世界』1946年11月号))で10人の大家の句に挙げられたからということでもないだろうが、福田によれば、この句は蛇笏の句集には載っていないという。桑原はこの論考で俳句に対する批判を展開したが、これは俳句を「第二藝術」たらしめている俳句界に対しての批判であったという評価もある。俳句はきっと、十七字でどれだけの表現ができるのかにその妙があって、どのように理解し解釈するかは、評する側に委ねられるものなのかもしれない
 
(関連・参照サイト)

山梨学院ニュースファイルアルバム
http://www.yguppr.net/150314ygu/albm.html

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